ぜんまいざむらい

いつか自由に。

デートあるあるいいたい〜

お題「恋バナ」

 

みなさんはデートで動物園や水族館に行ったことがありますか?

 

私はその2つとも苦手です。

 

檻の中にいる生き物を見ていると私が檻の中に入れられて色々な人に見せ物にされたらどんな気分になるだろう。ってどうしても想像してしまう。

 

もちろん子供に様々な生物の実態を見せられるという教育的観点もあるので、難しいところではあるんですが、、。

 

でも考えてみてほしい。

自分の家が全部ガラス張りにされて、いろんな人が見に来て、食べてる姿すら観察されてしまう状況を。

 

なんて恐ろしいんだろう。

 

自然界より危険が少ないから生き物にとっても幸せなはずだって言うひともいる。

 

じゃあ、生まれた時から檻の中にいる動物は?

自然界を知らずに死んでいく動物が本当に幸せといえるのだろうか。

 

同じ理由でペットショップも嫌いです。

ショッピングモールにデートに行った時これを言うと冷たいって思われがちだけど、生き物に値段をつけて見せ物にして、飼いもしないのに可愛い可愛いと撫で回す方がよっぽど残酷だと思う。

 

ひねくれてるのかな。

この性格じゃデートすら難しい、、。

 

 

 

 

 

ルフィとヘーゲルに学ぶ本当の自由

 

自由になりたくてなりたくてしょうがない私は、考えすぎた結果どんな状態が自由なのか分からなくなってしまった。

 

そこで私の思う自由を実現している漫画ONE PIECEのルフィパイセンについての分析を始めた。

 

「支配なんかしねぇよ この海で1番自由な奴が海賊王だ」

 

ルフィの有名な言葉だ。

 

貴族や世界政府など巨大権力だとしても関係なく、理不尽には怒ることができる。

仲間を守りたいという自分の欲求を突き通すことができる。

自分の欲求に従っているのに皆に好かれている。

 

それはなぜか。

 

それはルフィの欲求がいい欲求だからだ。

皆を助けたい、仲間を守りたい。理不尽は許さない。

すべて人のための行動を自分の欲求として行動している。

自分の欲求に従った結果、誰かを助けている。

だから感謝は求めないし人から感謝される。

 

逆に自由にふるまって嫌われる奴もいる。

ドフラミンゴだ。

ドフラミンゴは金儲けや武器の密輸、戦争の斡旋など自分のためだけの悪い欲求に従っている。

欲求が悪いから、その欲求に従って自由に行動していると嫌われ、憎まれ、やがて淘汰される。

 

ルフィもドフラミンゴも自分の欲求に従っていることに変わりないが、欲求の質が違うため、周りのリアクションが違う。未来も違う。

 

つまり欲求の質が大切ってことだ。

 

ここでヘーゲルがでてくる。

ヘーゲルの「法の哲学」では自由についてこのように書かれている。

 

「さまざまにわきあがる欲求のうちで最もよい欲求を選び取り、それを実現して、他者からの承認を得られるときに感じられるもの」

 

もちろんルフィみたいに自分の欲求がすべて「よい」ものだったら問題はない。

だけど人は心にルフィもドフラミンゴも飼っている。善も悪もある。

だからこそ悪は理性で抑えて善の欲求をきちんと選ぶ必要があると思う。

 

それができて他者から認められたとき、始めて自由になれるのではないか、、というのが今のところの結論だ。

 

 

 

これは私の頭の中だけでの結論なので、反論や賛成意見ありましたらコメントしてくれると嬉しいです(ノД`)

 

自由になれる日はくるのだろうか、、笑

 

 

 

 

ぜんまいざむらい(´-`).。oO

 

 

 

 

 

 

苦手なことで勝負できるほど甘くない

わたしの転機は高校時代3年間担任だった先生のこの言葉。

 

「苦手なことで勝負できるほど社会は甘くない。好きなこと、得意なことを仕事にしなさい」

 

進路に迷っていた私にこの言葉はどしんと衝撃を与えた。

 

なるほど。たしかにそのとおり。

 

好きなことといえば、本を読んだり、美術館にいったり、旅行をしたり、、お金になりそうもないことばかり。

 

ならば得意なことではどうだ、と、

コミュニケーションをとることや運動が得意。手先も人より器用なはずだ。

 

さらに私は苦手なこと、できないことをなるべく避けるべくピックアップしていった。

 

急ぐことや集団行動が苦手で満員電車も乗りたくない。単純作業の繰り返しができない。

 

この条件を全て満たせるのは、、と考えて、今の会社に就職した。

 

できないことがいっぱいある私だか、人にはできないことができる。

 

この能力はこの仕事だからこそ武器になる。

 

もしあの先生の言葉がなくて、なんとなく進路を決めていたら、とんでもない未来が待っていたかも知れない。

 

ちなみに、弟はゲーム好きを極めてプロのゲーマーになった。とっても楽しそうで好きを仕事にできない私はちょっと羨ましい。

 

みんなの好きや得意が仕事になれば月曜日が待ち遠しくなる日がくるのかもしれない。

嫌いだけど感謝はしてる

今週のお題「おかあさん」

 

このお題は、、少々昔の傷をえぐることになりますが、私はお母さんを好きではないです。

 

小学生低学年のころ両親が別居して(最近また復縁して一緒に住んでるんですけどw)お母さんと一緒に暮らしてたんですね

 

まぁ正義感の強い厳しい母で。

でも私、昔はそんな母を尊敬していたし大好きだったんです。

 

弱いところもあってすぐヒステリックになるし、私によく「あなたは私のこと置いてかないでね」「あなたがいなかったら生きていけない」「あなたが幸せならそれでいい」と言っていました。

 

私も必ず私もお母さんと同じ気持ちだって返事をしてました。いわゆる共依存ですね。

 

それが変わったのは高校受験の合格発表の日。

その日がお母さんの誕生日だったんです。

私の頭は受験結果のことでいっぱいで毎年祝っていたお母さんの誕生日がすっぽり抜け落ちていました。

 

お母さんはそれにかなりショックをうけて家出してしまいました。

今考えるといい大人がそんなことくらいで、、って思うんですけど、その時はやっちまった感でもうパニック。

 

片っ端から電話をかけまくってやっとお母さんの居場所が分かったのですが、そこがなんと別居中のお父さんの家。

 

それからぼろぼろお父さんと結構な頻度で会っていたことや、私達の愚痴を言ってたことが分かって、、、

 

私の世界はひっくり返りました。

 

なんだ、お母さんを支えていたのは私だけじゃなかったんだ、

私はお父さんと会いたくても会えなかったのにな、と。

 

それはもう裏切られた悲しみと肩の荷が下りた安心感でぼろぼろ涙がでてきて。

 

そこからは言うことを聞かなくてもいいんだ、支えなくてもいいんだという楽しさから反抗期と夜遊びが始まりました。

 

でも元々真面目に育ってきてるのでそういうのも肌に合わず(ポイ捨てを止めてガチ喧嘩になったこともありましたw)

 

で、気づいたんです。

この歳まで親の援助なしで生きてこれたか?って。

たしかに裏切られたかもしれない。

でも母が作ったご飯を食べて、洗濯も掃除もして貰って、住むところまで与えてもらっている。(まぁそのもろもろのお金は父親が結構持ってたのでその面で特別な我慢はしませんでしたが)

そもそも父親と母親がセックスしなければ私は生まれて来れなかったんだから、両親には無条件で感謝すべきではないのか?と。

 

でも、その時の私は反動でものすごくお母さんのことを嫌っていたので、だったら私は誰の力も借りない!と、炊事、洗濯、掃除全部やりました。でも学費は?住む場所は?これからかかるお金は誰が払うの?全て親です。

 

なので、私は反抗を諦めました。

親には一生頭が上がらないものだと。

 

でももう好きにはなれません。だから早く独立する道を探しました。今は大手企業の寮で楽しく生活しています。

 

好きではないけれど、恩は返しきれないほどあります。

 

この複雑な気持ちは自分が子供を持ったらまた変わるのかなぁとも思います。

 

早く自分の中で折り合いがつくといいんですけど、、ね。

 

 

 

カエルの楽園 〜読書感想文〜

百田尚樹さんのカエルの楽園を読んだ。

 

最初はなるほどなって感心した。

百田さんから日本はこう見えているのか、そして多くのひと(といってもまだ少数派だけど)が同意見なのかと。

 

この本では実際に起きた出来事を砕いて砕いて表現してあって風刺のようなおもしろさがある。

 

日本もこのままじゃ危ないぞって警戒をならしてる。

 

最後まで三戒を守っていれば平和でいられると信じてる哀れさがまた辛い。

 

この本では戦う意思を持たねば、武器を持たねば、平和は保たれないと言ってるように思える。

 

たしかに受動的な平和は戦わなければ得られない。

 

でも私は、目指すべき平和はそこではないと思う。

武器をもつのはなんのため?

戦いはなにを生む?

そんなの先人たちが無意味だって証明したじゃないか!

 

武器をもってしまえば戦いたくなるバカがでてくるし、一度持ってしまったら手放すことなんてできない。

 

平和のための戦いはそんなことでは勝ち取れない。

武器も兵隊も持たない意思とそれを実現させる知恵と戦略と財力こそが必要だ。

 

武器をもってしまえば手っ取り早く威嚇できるに決まってる。でもその先に待ってるのは泥沼だ。

 

本当に平和でいたいなら戦略を練って勝ち取らなければいけない。戦うよりも強い覚悟が必要だ。と私は思う。

 

 

 

 

グレー

お題「この色が好き」

 

イメージカラーってあるじゃないですか、それぞれの人に。

 

情熱的な人だったら赤、とか、クールな人は青、とか。

 

小学生の頃って特に〇〇ちゃんは〇色っぽい!みたいな話した記憶があって。

 

その時私は黄色っぽい!オレンジっぽい!って言われることが多かったんですけど、1人私に灰色って言った子がいて。

 

こいつ私の本質を見抜いておる(・_・;

って焦った覚えがあります笑

 

黒にも白にも寄れないグレーな部分って自分の中にとても多くて、都合のいいように白に見せたり、黒に見せたりしてたので、その時はドキッとしましたね。

 

 

そんなグレー寄りな私ですが、好きな色は「白」です。

 

白って何色にも染まれるのに白を貫いてるところが好きですね。染まらない強さというか。

自分を突き通す強さみたいなものをかんじます。

 

強さなら黒のほうが上では?とも考えられるんですけど、

黒って染められないじゃないですか。

何色を混ぜても黒は黒。

黒は黒以外にはなれない。

そこにも強さはあると思いますが、染められるのにあえて染まらない白の方に憧れちゃいますね、私は。

 

もし違う色になりたくなっても好きな色になれるし、白のニュアンスが完全に消えてしまうことはない。

 

 

いつか私も白みたいな強さをもちたいですね、笑

 

今もグレーから抜け出せないので。

 

でも、私をグレーと見抜いてくれるような人に、もう一度会いたい気もします。

 

 

 

今日はこのへんで。

 

おしまいまいかぶ

 

 

 

楽園のカンヴァス〜読書感想文〜

 

この間本に関する投稿をしたら、原田マハさんの楽園のカンヴァスも面白いとコメント頂いたので、読んでみました(*´-`)

 

ルソーという画家の「夢」という絵画にまつわる物語を主人公達が解き明かして行くんですけど、まぁ面白い!!

 

絵画にまつわる本はダヴィンチ・コードしか読んだことなかったのですが、やっぱり絵画と謎解きは相性がいいですね。

 

静かなドキドキが途切れないし、勉強にもなる。

実際にその絵を見たくなってしまいました(._.)

 

中学生の頃、初めて行った美術館の絵を見ても、きれいだなとか独特だなとか単純な感想しか湧きませんでした。

 

でも今は、本を通してその絵の背景、宗教的なものから時代の流れまで知って、その絵が生み出されるまでの苦労を知って、、

改めて見たらとても感慨深いものがあるんだろうな、隠されたメッセージをこの目でみてみたいな、という気持ちでいっぱいです。

 

とりあえずアンリ・ルソーの「夢」とレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」はこの目で見るまで死ねません、、

 

他にもオススメの本とかあったらぜひ教えてください(*´-`)